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なごみだより

どうぞ和んでいってください
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ステキなシゴト カイゴのシゴト
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    JUGEMテーマ:日記・一般

     

    1年間で一生分の「ありがとう」

     

      私はまだ介護の分野に片足を踏み入れて5年ばかりの若輩者です。

    それもリハビリデイサービスと言って、比較的軽介護者向けの施設なのですが、

    時には「トイレに間に合わなかった」とか、「便が出てしまった」などという事態が起きます。

    優秀な介護スタッフに囲まれており、私は汚れ仕事はしないでいい状態にいます。

    この場を借りて「心より尊敬しています」と申し上げたいです。

     

     もし特別養護老人ホームだったら、認知症の方の集まるグループホームだったら・・・どれだけ大変なことでしょう。

    一体何人のおむつ交換をしなければならないのでしょう。入浴や食事の介助があり、夜中に徘徊することだって、さらには心臓が止まることだってあります。

    それでも「ありがとう」の一言に救われることがあると介護福祉士さんたちは言います。

     

     私は一日に何回ありがとうと言われているかカウントしたことがあります。

    30回を超えたあたりからわからなくなりました。一時間ほどでそれくらいの数になります。

    世の中にはメーカーのクレーム対応係のような「ありがとう」とは決して言われない仕事もあるのですから、精神的に恵まれた環境と言えるでしょう。

     

     世間からの目で「介護職」はどうしてもキツイ・汚い・給料安いと見られます。

    国としても介護職員が減って施設、ベットがあるのにもかかわらず利用者を受け入れられないという状況は改善しなければなりません。労働生産性を上げることが難しい業界ではありますが、その代わり「ありがとう」という言葉を1年間で一生分くらいいただけます。給与アップのための処遇改善策を行うと同時に、介護の魅力もどんどん発信して欲しいと思います。

     

     中学生の職業体験に一部介護現場を取り入れている学校もあると思いますが、思い切って全員が体験するくらいの必須科目にしてはどうでしょう。

    ついでにこの機会で議員さんたちもご一緒に。ただの視察ではなく現場体験です。

     人は必ず最後に死にます。義務教育で介護現場を体験させないと、核家族化が進んだ今の社会では「命」や「死」、「老い」を感じて学ぶ機会はありません。いじめ問題、自殺防止に役立つかもしれません。

     

     なごみ客のケアマネさんが言っておられました。

    「マスコミは介護業界の給料は安い安いってそればかり強調しないで欲しい」

    「カイゴは人の人生の一番最後に携われる貴重なシゴト」であると。

     

     皆さんは一日に何回ありがとうという声をいただいてますか?

     

     

    認知症をよく知らなかったための後悔

     

      私の父方の祖母カメさんの話です。明治44年生まれのカメノさんは明治、大正、昭和、平成と生き続け平成18年に95歳で亡くなりました。最後にカメさんに会ったのは平成16年の夏でした。実家へ帰省した際、入院中のカメさんをお見舞いに行きました。

     入室前に部屋の名札を確認して入ったはずが、人違いでした。

    いや、再度確認して行くとカメさんだったんのです。病気になるとはこういうことか・・・身内が皆元気な高城家です。入院して弱っている姿を知らない私にはカメさんの変貌した姿がわからなかったのです。

     

     しかし、カメさんは自分のことがすぐわかってくれて、しばらく話をすることができました。

    「いつかこっちに帰って来ないかね?」これが最後に交わした言葉でした。

     

     平成17年の夏も帰省したのに、なぜその時には会いに行かなかったのか。

    前年夏にカメさんに会って話した後日、母親が見舞いに行って私が見舞いに行った話を振ったら、来てないと答えたのでした。

    当時の自分にとってとてもショックな事で「カメさんついにボケたか」とこの時を最後の面会にしてしまったのです。

     

     今から思えば私の知識不足でした。

    90歳代であれば認知症かどうかは別としてそれ相応の物忘れがあり、つい最近の出来事の短期記憶は苦手分野となります。

    長期記憶つまり昔の自分との思い出などは残っており、母の面会時に私が見舞いに行ったことが抜けて思い出せなかっただけなのに。

     

    「しまった・・・」懺悔の気持ちです。

    勝手にカメさんは壊れてしまったと信じ込んでいました。

    確かにあのとき、自分が今名古屋にいることなどよく覚えており、久しぶりに会う割には会話も成立していたのだ。

     

     高齢者の特徴というものをよく知らなかっただけなのです。

    カメさんにもう一回会えたと思うと、もう取り戻せない後悔です。

    このような体験があったので、私は自分の治療院で初期認知障害の方を受け入れるようにしたり、認知症をよく知らない方へ「認知症になっても周りのサポート次第で生きていけるんだよ」と情報発信するようになりました。

     

     カメさんに対する後悔の念が今回執筆する動機のひとつと言ってもいいでしょう。

    「自分がこんなに後悔したことを他の人にはして欲しくない」という気持ちって、結構動機付けとしてはパワーがあります。

     

     

    祖母の代わりに出版を

     

     最後に母方の祖母、毎日一句川柳の鬼 富子さんの話で締めます。

    一日一句作り続けたら1年で365句、10年で3,650句、30年で11,000句になります。

    以前に富子さんが生きた証に自費出版を勧めてみたのですが、とてもそんなことはできないと恥ずかしさから遠慮する。

    遠慮する割には随分新聞には投稿してたのにね。本にするなんて恐れ多いと感じたようです。

     

     「ならば自分がいつか出版する際に、富子さんの川柳を登場させるからそれまで長生きしてね」と言ったものの、

    自分が一体何についての本を書いて、そこにどういういきさつで祖母の川柳が出てくるんだ?

    そんな不自然な本が出してもらえるのか?

     

     あれからほんの2,3年後のことです。

    ラウンドフラット社のネットコラム掲載がご縁で今回執筆しているのだから、人生はわからないものです。

    2017年4月13日で富子さんはカメさんの亡くなった95歳になります。

    もうすぐ富子さんの川柳付きで孫の書いた本が出るから、まだ逝かないでね。

     

     「2冊目が2年後に出るからね、3冊目が4年後に出るよ・・・毎回富子さんの川柳登場するからね・・・」と先の予定を入れる。

    富子さんもこの方法で日野原先生みたいにセンテナリアンの仲間入りができたら、ちょっとしたドラマですね。

     

     

     パンタロンとパンジィーの絵            「おじいちゃん 長生きしてね」

                              「わしゃロボットじゃ」

     

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